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zoom RSS F1)イタリアGPプレビュー(モンツァでの回顧録…ヴェッテル初優勝他〜R・ピーターソンの事故死まで)

<<   作成日時 : 2011/09/03 08:41   >>

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イタリアGPプレビュー(モンツァでの回顧録…ヴェッテル初優勝他〜ロニー・ピーターソンの事故死まで)
さて、この前のベルギーGPはヴェッテルが、2年連続ワールドチャンピオンへ向けて『重要な一戦!』で勝利し、終ったのですが、ここで健闘したミハエルがF1キャリアの原点(91年デビュー!翌年92年初優勝!)に挙げるとするなら、ヴェッテルの原点はココ、モンツァでの初勝利に『F1キャリアの原点!』があるように思えるのです…。
インタビューで「モンツァには本当に素晴らしい思い出があるんだ。僕が2008年にトロロッソでF1初優勝を飾った場所だからね!」と、ヴェッテルは語った。「あれは忘れられない出来事だよ。ファンを真下に見下ろして表彰台に立った時は鳥肌が立ったね!」今度のレースはヴェッテルに『ドライバーの意地、チャレンジャーとして…。』フェラーリエンジンユーザーとメルセデスエンジンユーザーで近年の優勝者を分け合っていた状況にピリオド!を討つような戦いを示して欲しいのです。
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因みにヴェッテル初優勝!は未だ記憶に新しい2008年の事で…雨に足を掬われ予選を失敗したルイス・ハミルトンとキミ・ライコネンを尻目に、トロ・ロッソのセバスチャン・ヴェッテルが好走し、最年少ポールポジション(21歳72日)の記録を更新。予選と同様の雨中決戦となった決勝も、タイヤ交換時以外は首位を最後まで守り切りポールトゥーウィン。F1史上最年少表彰台と最年少優勝(21歳73日)を記録した。フェラーリ以外のイタリア国籍チームが優勝したのは1957年ドイツGPのマセラーティ以来のことで、イタリア系チームとしては半世紀振り(ただし、これは基本的にイギリスに本拠地を置いていたが、一時期はイタリア国籍のチームとして参戦していたベネトンの1997年ドイツGP優勝を除外した場合)となった。また、フェラーリのカスタマーエンジンを搭載したチームの初優勝(=フェラーリエンジンがフェラーリ以外のチームで挙げた初優勝)となった。
このレースで表彰台に登った3人は全員が2008年シーズンに初優勝を挙げたドライバーだった。 ヴェッテル(21歳73日)、コバライネン(26歳333日)、クビサ(23歳282日)の3人の平均年齢は23歳350日であり、表彰台登壇ドライバーの平均年齢でもF1史上最年少記録を樹立した。 3人ともがデビューから3年以内のいわゆる「若手」であり、次世代の色合いが強いポディウムとなった。
(けど、コバライネンはロータスで伸び悩み、クビサは…開幕前のラリーでの事故がホントに悔やまれますね!)

さて、自分にとってイタリアGP(モンツァ)での想い出を振り返ると…。

F1 Comeback von Niki Lauda in Monza 1976

Bruno Giacomelli at Monza 1976

Historic F1 Monza, March 761

Italian GP 1976
…この年に日本グランプリが富士で開催!
(自分が、日本ではじめて見たF1グランプリはコレ!)
N・ラウダやJ・ハントなど懐かしいドライバーが沢山います!

それと、この痛ましい事故を避けて通ることは出来ませんね!
(1978年9月10日の出来事)



Ronnie Peterson Monza Italy 1978
…1978年のイタリアGPでは、残り3戦でともにロータスのマリオ・アンドレッティとロニー・ピーターソンの2人のみが選手権王者の可能性を残す状態で開催されたが、スタート直後の多重衝突事故で赤旗中断、ドライバーら自らがピーターソンとヴィットリオ・ブランビッラの救出にあたったが、翌日未明にピーターソンは死亡。

解説:スターターが全車停止前にスタートランプを点灯させるというミスを犯してしまい、そのためスタート直後に多重クラッシュが発生し、ピーターソンは事故に巻き込まれてしまった。事故の衝撃でマシンが炎上し、ピーターソンは両足骨折の重傷を負ったものの負傷の内容は命に関わるようなものではなく、マシンから救出された際には意識もあった。実際事故後に救出され地面に横たわって手を動かしている映像が残されている。しかし事故の日の夜に「骨折による脂肪塞栓を発症し容態が急変、翌日に死亡した。」34歳没。

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(今年のグランプリは9月11日に決勝なので、ロニー・ピーターソン(過去3回の優勝者でもあるので…。)に何らかの哀悼の意を示すものかあるのでは?)

因みに現場にはシド・ワトキンス博士が現役バリバリ!で頑張ってました。

けど、当時は医療体制も技術も乏しく、助かる命も救えなかった事を…ワトキンス博士は今でも後悔の念があるようです。(まだ、インターネットなど無く、隔週発売の「Autosports」誌を購読していた頃の話です。)

まあ、体制面が整っても94年のサンマリノ(80年だけイタリアGPはイモラで開催されてた事を知ってる人はどれくらいいるのだろうか?)でセナが他界…。人の死は何時だって痛ましい!

結局ブラバムのニキ・ラウダが優勝したが、アンドレッティがこの年の選手権王者を獲得した。


死亡事故について

@ロニー・ピーターソンはイタリアグランプリの決勝日午前中のウォームアップ時にロータス79をクラッシュさせてしまい、急遽強度の劣る旧型車ロータス78に乗り換えていた。…このへんも少なからず影響!

A事故の発生したイタリアグランプリを優勝したニキ・ラウダは、「ドイツグランプリだったらロニーは死なずに済んだ」という意味の発言をしている。これはイタリアの医療のレベルがドイツに比べて低いと見なされていたからである。ちなみにラウダはニュルブルクリンクで開催された1976年のドイツグランプリで大事故に遭い酷い火傷を負ったのだがその際ドイツの進んだ医療に助けられている。…まあ、当時の医療体制面の時代背景も関係してます。

Bこの事故については、後方スタートのリカルド・パトレーゼが原因を引き起こしたとして大きな批判を浴びた。パトレーゼはイタリアグランプリの次戦のアメリカ東GPで出場停止の処分を受けている。しかし、実際には全車が停止する前にスターターがスタートランプを点灯させたため、勢いがついたままスタートした後方集団がパトレーゼを押し出す形になったのが事故の原因と確認され、後日パトレーゼの名誉は回復している。…但し、パトレーゼにとってはトラウマを抱えていたでしょう。プロストがピローニの件で重い十字架を背負うように!

Cピーターソンの車に直接接触したジェームス・ハントは、BBCのテレビ解説の席においてパトレーゼを酷評し続けた。ハントがピーターソンに接触したのは、コース右側からパトレーゼが迫る形になり、あわてたハントがドライビングミスを犯したためではないかと言われている。…傍で見ていたドライバーの言い分です。そんなハントも他界してしまいましたね!

Dピーターソンの事故死は、スウェーデン国内で大きな社会問題となり、ローマ教皇にモンツァでのレース中止を求める嘆願書が出された。事故の翌年から現在までスウェーデンGPは開催されないままの状態になっている。


因みに、今から20年以上前の1990年のイタリアGPのオープニングでロニー・ピーターソンは冒頭、紹介されてます。(当時のCGのオープニングは今見ても好きですね!)

その後…確か、その年の鈴鹿でJPSmark-V:Lotus78が「6」とロニー・ピーターソンのスウェーデン・カラー(青&黄)の庇付きヘルメットで再現されてるのが、ファンにとってはたまらないのです。「5」のアンドレッティでないところがGood!

F1)懐かしのF1中継オープニングCG…。 (今年こそ復活させて欲しい!フジテレビさん御検討を!)
(下記URL参照)

http://91583298.at.webry.info/201102/article_13.html


F1 GP Italy 1987 Ayrton Senna and Nigel Mansell in Trouble
…1987年のイタリアGPでは、油圧スプリングを用いた簡易アクティブ・サスペンションを装備した新車を持ち込んだウィリアムズのネルソン・ピケと、年頭からアクティブ・サスペンションを使用しつづけていたロータスのアイルトン・セナのトップ争いが展開された。ピケは従来通り中盤にタイヤ交換をし、セナはアクティブ・サスと持ち前の技術を活かしタイヤ無交換で優勝を狙ったが、セナはトップ走行中で残り7周の43周目に周回遅れを抜こうとして失敗、スピンしてしまう。結局そのスピンのあいだにピケがセナを抜き、そのままセナの追走を振り切って優勝した。また、このレース開催期間中に、ホンダが翌年からマクラーレンへエンジン供給を開始することと、ウィリアムズへのエンジン供給を打ち切ることを発表、ちょっとした騒動になった。これには、マンセルとピケを擁するウィリアムズが中嶋悟をレースドライバーとして採用させようとするホンダ側の要求を拒絶したことが契約打ち切りの一因だとの見方があったが…。


F1 1988 Senna Mclaren Crash Italy GP Monza Schlesser Replays Final Laps Ferrari BBC
…1988年には、それまで開幕11連勝と圧倒的な強さを発揮していたマクラーレン・ホンダチームがシーズン唯一の敗北を喫することとなった。レース終盤にアイルトン・セナが、周回遅れで走行していたウィリアムズのジャン=ルイ・シュレッサー(病欠のナイジェル・マンセルの代役としてこのレースのみ出場)と接触してしまったことによるもので、これによりフェラーリのゲルハルト・ベルガーがトップに立ち、チームメイトのミケーレ・アルボレートと1-2体制でフィニッシュを果たした。この勝利はマクラーレン・ホンダを倒したことに加え、グランプリ直前に死去したフェラーリの総帥、エンツォ・フェラーリに捧げる勝利として、ティフォシたちを喜ばせることとなった。

…因みに、アルボレートのヘルメット意匠は、故:ロニー・ピーターソンのデザインと同じ物!
(今の時代に、こういった先人に敬意を表しているドライバーも減りましたね!ブルーノは別の意味で偉大なる叔父アイルトン・セナの意匠に似せ重いモノを背負ってますが…。)
そんな、アルボレート自身も2001年のル・マン出場へ向けてのテスト走行中に…タイヤ・バーストが原因で他界。44歳没。

このフェラーリの1−2フィニッシュは胸熱くなるものを感じましたし、当時、無敵のマクラーレンMP4/4の唯一優勝できなかったグランプリとしても記憶の中に鮮明に残ってます。

1990年のヤツは過去のBlogを参照…。

F1)F1 LEGENDS '89-'90(90年イタリアGPを観ながら…。馬場鉄忘サンの自虐ネタ!
(下記URL参照)
http://91583298.at.webry.info/201102/article_10.html


「この派手なパラボリカでのD・ワーウィックのクラッシュ・シーンが思い浮かぶのですが…。」
でも、このあと何もなかったか?の如く、ワーウィックはピンピン!してるんですよ
(ホントにタフ!)…。
しかもTカーへ向けて一目散に駆け足で行くんですからね〜!
(ピット・リポーター達を振り切り、中には若かりし頃の川井ちゃんの姿も!当時の
フジテレビ独自映像では映ってたのですが、今回は国際映像ベースなので…。(笑))


…1991年は、前戦のベルギーグランプリでデビューしたミハエル・シューマッハが電撃的にベネトンに移籍し、5位に入賞しキャリア初ポイントを記録した。それまでベネトンに在籍していたロベルト・モレノは、シューマッハとトレードとなる形でジョーダンに移籍した。


当時から『政治的根回し?』が絶えませんでしたね…ミハエルの周りの人たちは!


…1993年は、チャンピオンに王手をかけて臨んだウィリアムズ・ルノーのアラン・プロストがポールポジションからスタートし、レース終盤までトップ走行するも、エンジントラブルによりストップしてしまい、代わってトップに立ったチームメイトのデイモン・ヒルがハンガリーGPでの初優勝からの3連勝となる勝利をつかむこととなった。

Accident - Pierluigi Martini and Christian Fittipaldi - Italian GP 1993 - Monza
(この、アクシデントにはビックリしたモンです!)


…2000年は、レース1周目に、フェラーリのルーベンス・バリチェロ、マクラーレン・メルセデスのデビッド・クルサードら7台が絡む事故が発生したが、この事故によりコースマーシャルの1人が犠牲になるという痛ましい事態になった。この事故を受け、レーストラックだけでなく、コース外の安全性にも一層の配慮がされることになった。レースは、ミハエル・シューマッハが制してアイルトン・セナと並ぶ41勝目を挙げた。レース後の記者会見ではミハエルへの最初の質問で「これで勝ち星がセナと並びましたね。今日の勝利はあなたにとって大きな意味を持つものですか」に、「そうだね。この勝利は僕にとってすごく大きな意味を持つものなんだ。ごめん・・・・・・」とミハエルが泣き崩れた為、インタビュアーが2位ミカ・ハッキネンと3位ラルフ・シューマッハを先にインタビューするハプニングが起きた。テレビ中継後の会見で再び同じ質問が出されると「そんなの言わなくたってわかるだろ。ここはイタリアだよ。そして僕はここ数戦ずっといい結果が残せていなかった。でも、今日やっと復活したんだ。この41勝には多くの人々の支えがあったんだ。だから、1998年に優勝したときよりもすごくうれしいんだ」と答えた。


…2003年、前戦ハンガリーGPでフェルナンド・アロンソに周回遅れにされるなどして不振を極めていたミハエル・シューマッハが、復活の勝利を果たし、このままこの年の王座に輝くことになる。またこのレースで、32年ぶりに優勝スピードが更新され、247.585km/hを記録した。


因みに2002年、2004年はフェラーリが1−2フィニッシュ!(ミハエルの『紅い跳ね馬時代!』イメージが高まる!)

まあ、今はマシン差がありすぎて…厳しそうですね。とても表彰台に乗れる状況ではない!

「F1のサーキットの中でも本当に歴史があり、長年にわたって温かく僕を迎えてくれているモンツァ(イタリアGP開催サーキット)が、ヨーロッパでの最後のレースになる。僕たちのチームはスパ(ベルギーGP開催サーキット)でいい成績を収めることができた。僕は特にレース中のオーバーテイク(追い抜き)をめぐるバトルやたくさん順位を上げることを楽しんだよ。この結果はシーズン終盤に向けての弾みになる。そして僕たちは可能な限りのベストな結果を手にするために攻め続けるよ。」…意気込みはあるのはイイのですがね!



去年は久々にアロンソが勝利し、フェラーリ移籍1年目の勝利はミハエル以来の事だったのですが…。


さて、Twitterで #F1jp のハッシュタグから推察するとF1ファンの年齢層も実に様々で…過去の偉人たちの歴史を振り返る方々が、未だ少ないのかな?(自分も70年代半ばでファンになって、歴史を紐解きだしたのが、1980年の頃でしたし…。)

1971 Italian Grand Prix - Monza - Highlights
…当時、Youtubeなど無い時代!国会図書館とか都内の図書館をハシゴしてました(笑)
とりあえず、10年ぐらい前の出来事や史実を押さえておくとイイかもしれませんね〜!



今の時代は探せば、お宝映像が満載!ですので…。旧コースのオーバルにはビックリしますよ!

2012.9.12(追加)

Sky Sports Formula 1 2012 - 13 Italian GP - Race: Echoes Of The Past: Ronnie Peterson

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