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zoom RSS F1)今から29年前の1982年5月8日…。ジル・ヴィルヌーヴが天に召された日…。(一番辛い日かも?

<<   作成日時 : 2011/05/06 22:42   >>

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今から29年前の1982年5月8日…。ジル・ヴィルヌーヴが天に召された日…。
(一番辛い日かも?)
但し、今のようにインターネットで結果がすぐ分かる環境と違って、
後に雑誌オートスポーツ(隔週発売の頃の話)で月末に知る事になるのですが、
「人目憚らず本屋で泣いた記憶があります…。」
因みに彼の姿を自分は77年の富士スピードウェイで開催された日本グランプリで『生』の姿を見ております!
自分がフェラーリに惹かれたきっかけは76年に見たニキ・ラウダよりも後のジル・ヴィルヌーヴの走りによって齎されたかもしれませんね!(好きなドライバーを3人挙げよ!と問われればアイルトン・セナとジル・ヴィルヌーヴは不動の存在で…。3人目が少々難しいかも?)



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モナコGPにてフェラーリを駆るジルの姿は「やっぱり似合ってますね!」

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この横顔だとジャック・ヴィルヌーヴの父親の雰囲気を醸し出してくれますが…。(髪が薄いのは御愛嬌!)






Formula One Japanese GP 1977


この現場へ実際に近づいたのですが「キナ臭いニオイが経ちこめてましたし…。」


相変わらず「危険なドライビングが物議を醸し出すのですが…。」


GP Monaco 1978 - Formula 1(貴重なフル・バージョンです!)




「初優勝は78年のカナダGPなんですが、当時TBSでハイライト放送がやっていて、それを見た時、素直に嬉しかったですね〜!」


F1 Monaco GP 1979 Niki Lauda vs Gilles Villeneuve


このアルヌーとのフランスGPにおけるラスト3周の「サイド・バイ・サイド!の壮絶な2位争い」は、しばしば「歴史に残る名バトル」の1つに挙げられております。


Race of Champions 1979 Brands Hatch Mario Andretti(コレも好きなバトル!)


第12戦オランダGPでは、走行中にリアタイヤの損傷でスピンしながら三輪走行を続けたシーンは語り草になってますね。


79年の最終戦アメリカGPでもシーズン3勝目を挙げ、最終的にシーズン成績は2位となり、4ポイント差でチームメイトのジョディー・シェクターにチャンピオンを譲ることになるが、これには「エースドライバーのシェクターに対して、チームオーダーを忠実に守った結果!」とも言われています。
(自分はジルのチームオーダーに対して従順な姿勢は「今でも好感に思う部分でして…。」、後に82年の悲劇を産む「キッカケ!」にもなるのですが…。)


80年は苦戦の連続でした!(ピケvsA・ジョーンズvsヴィルヌーヴ)


81年にはチームメートにD・ピローニを迎えるのですが…。


81年のモナコGP(ガードレール数センチを駆け抜ける姿に感動…。)


81年の第7戦スペインGPでは後続の4台のマシンを巧みに抑えこみ、一列縦隊のまま先頭で逃げ切った。1位ヴィルヌーヴから5位までのゴール時のタイム差は僅か1秒24で、のちに「ヴィルヌーヴ・トレイン!」と形容されたヤツ…。


これも有名な雨の中で行われた第14戦カナダGPではレース途中で破損したフロントウィングがめくれ上がり、視界を遮られた状況での走行となる。ついにはノーズごとウイングを失ったが、そのまま走行を続けて3位表彰台を獲得…。


「これが問題のレースでして、82年のサンマリノGP!
のちに94年に最悪の週末の悲劇の舞台と化すのも何かの因縁…。」



82年のF1グランプリ第4戦サンマリノGPは、フォークランド紛争もあってイギリス系のF1チーム(マクラーレンやウィリアムズなど)がボイコット!(但しティレルは参戦)して僅か14台の出走だったのですが、ヴィルヌーヴがトップでピローニが2位と2台のフェラーリが他を大きく引き離す状態で1−2体制を築き、レースは進行…。終盤には「燃費に注意を払い、無用な戦いを避けるように!」との意味でピットから『SLOW』のサインが出され、ヴィルヌーヴはリスクを冒さず、ペースを落とした。
(このへんは79年にシェクターにワールドチャンピオンを獲らせるためにチームプレーに徹したヴィルヌーヴならではの行為!そして無給油でターボエンジンゆえ燃費に厳しく、チームとしては賢明な判断を下してましたが…。)

しかし2位のピローニはレース終盤にヴィルヌーブを追い越してしまったのです。
当時はチームオーダー(順位が固まったらチームメイト同士で抜き合わない暗黙のルール)がフェラーリでは存在していましたが…。

ヴィルヌーヴは当初「見所の減ったレースで観客を喜ばすための余興!」だと考え、トップを奪い返した。しかしピローニは最終ラップで再度抜き返す。裏切りに気付いたヴィルヌーヴはペースを上げてピローニを追ったが、結局2位で終了…。(フランス人のピローニは非常にフランクな性格で、全てのドライバーをバトルの対象にする傾向でして、今もこんな傾向のドライバーは結構いますよね!誰とは言いませんが…。)

表彰式でシャンパンを手にはしゃぐピローニの後ろで、ヴィルヌーヴは無言を通したが、内心はピローニに対して激しく怒っていたといわれる。ヴィルヌーヴはこの事件以降ピローニを拒絶。
「もうあいつとは口を利かない、チームメイトとしても扱わない!」と断言し、両者の関係は修復不可能なほど悪化してしまうのです。(いわゆる誤解が誤解を招き「負のスパイラル!」へ突入してしまったのです。)

因みにのちの「セナとプロストの確執」が騒がれていた頃、真っ先に「この2人の悲劇!」が頭によぎったのも事実でして…。(あとで触れますが…。)



第5戦ベルギーGP(ゾルダー・サーキット)の予選2日目(1982年5月8日)、ヴィルヌーヴはピローニが自身の予選タイムを上回ったと聞くやいなや、再び予選アタックへと飛び出していった。ピローニのタイムを更新することが出来ないままタイムアタックを続ける中、最終コーナーのS字カーブでスロー走行中のヨッヘン・マスのRAMマーチに遭遇。マスはヴィルヌーヴの接近に気付きレコードラインを譲ろうとしたが、ヴィルヌーヴも同じ方向(アウトコース)に動いてしまった。ヴィルヌーヴのマシンは推定時速230km/hに達していたといわれる。
(予選用タイヤでフルアタック中の惨劇でして…。まあ、当時のスペックで1Lapでダメになってしまう特性も災いしていたのです。)

ヴィルヌーヴのマシンの左フロントタイヤがマスのマシンの右リアタイヤに乗り上げ、回転しながら宙に舞い上がった。マシンは前部から路面に激突して150m垂直状態のまま横転して大破し、この時の衝撃でシートベルトが引きちぎれ、ヴィルヌーヴの身体はマシンから投げ出され、コース脇のフェンスに叩きつけられた。現場や病院で救急隊により蘇生処置が施されたが、ちょうど支柱のあった場所に叩きつけられていたヴィルヌーヴは頚椎その他を骨折しており、その日の夜9時過ぎに死亡した。32歳の若さでの「ホントに早すぎる死!」であった。



で、ヴィルヌーヴ事故死の原因になってしまったピローニなんですが、第8戦カナダGPでポールポジションを獲るが、「本来ならここにいるべき男がいない…。」と涙を見せた。このレースでは決勝スタート時、ピローニはエンジンをストールさせてしまい、後方から追突したリカルド・パレッティが、シーズン2人目の事故死者になるという悲劇が起きている。(1か月前に「ジル・ヴィルヌーヴ・サーキット」として改名したばかりだったのにね!)



ピローニはその後ポイントリーダーになったが、雨で視界不良となった第12戦ドイツGPの予選中、前を走るプロストのマシンに乗り上げ、ベルギーGPのヴィルヌーヴと同様の事故を起こしてしまう。ピローニは両足複雑骨折の重傷を負い、タイトルは無論のこと、F1ドライバーとしてのキャリアをも失う結果になった。その後、パワーボートの事故で…彼も他界。
(プロストが雨のレースで弱いのは「この事故のトラウマを引きずっていた為で…。」
セナの無謀な行為に諫めていたのは、昔の悲劇を繰り返さないためだったのである。
『負の連鎖!』とは実に恐ろしい!)

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個人的にはこの写真の頃が好きなので…。

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